1995年発表の野田版サスペンスが、絶妙のキャスティングとともに待望の復活!ロシアの文豪ドストエフスキーの名作「罪と罰」が、幕末の日本を舞台に、大胆不敵な<野田ワールド>へと変貌する。
1995年春。この作品は、NODA・MAP第2回公演として、その初演の幕を上げました。
野田秀樹は、前年に、英国留学から帰国。その復帰作として、NODA・MAP初の作品「キル」を発表。
劇場空間に、自由自在な発想で、圧倒的なダイナミズムと情感溢れる世界を創出し、大きな賞賛を受けました。当然、演劇ファンや演劇界は、この才人が、第2弾に何を仕掛けてくるのか、大きな期待で彼を注視。そんな中で、彼が次回作として選んだ題材が、ロシアの文豪ドストエフスキーの名作「罪と罰」の戯曲化だったのです。
野田秀樹は、常々、ドストエフスキーが描くこの長編小説を、<追い詰める側と追い詰められる犯人側との"刑事コロンボ"的な一級のサスペンス劇>ととらえていました。
まず、彼は、この「人間の贖罪」という深遠なテーマに帰結する名作の時代設定を、原作の帝政ロシアから「罪と罰」執筆と同時代の江戸末期へ移行。主人公を、ロシアの貧しい大学生から、幕末の江戸開成所に学ぶ女塾生に置き換えました。そして、原作がもつサスペンス的な要素に、かつて、"理想"というものを追い求めて生きた者たちの姿を二重写しにし、野田流の大胆不敵なアプローチで、<宗教のない"日本"という国に生きる日本人の姿>を描き出そうとしました。
しかし、初演の1995年春。日本は、甚大な被害にみまわれた阪神・淡路大震災と、一連のオウム真理教事件の渦中にあり、我々日本人の心も激しく揺らいでいました。
そんな世情の中、『超人には、人類のために既成の道徳法律を踏み越える権利がある・・・・』という原作の主人公・ラスコーリニコフの倫理を転生させ、幕末の日本で、その思想を実行に移してしまう女主人公・三条 英(さんじょう はなぶさ)の姿に、当時の観客たちは、現実の世相や陰惨な事件とのリアルなシンクロニシティを見出し、大きな戦慄を覚えたのです。
それに加えて、野田が創り出す、スリリングな劇構造の醍醐味と、終幕に訪れるカタルシスの凄絶な美しさゆえに、この作品は、その後に続く一連のNODA・MAP作品群の中でも、孤高の輝きを放つ存在として見なされてきたのでした。
そして、初演から10年の時を経た2005年の今日。
遂に、私どもNODA・MAPは、この珠玉の作品に、新たに向き合う決断をいたしました!
現代演劇界の若き中心人物・松 たか子 を始めとする傑出した才能たちが、この作品をもって、NODA・MAP=野田秀樹を新たなステージへと導く、と確信したからなのです。
出演は、イラク戦争勃発時に発表された問題作「オイル」での、あの凄惨な叫びが、今も心に切なく響く松 たか子が、2作目の野田作品に挑む他、野田を刺激して止まないメンバーが勢揃いしました。
まず、前作第10回公演「走れメルス」からの連投で、野田作品6作目の出演・古田 新太、番外公演「赤鬼」出演から約10年ぶりの野田作品となる 段田 安則、舞台・映像の両世界で、唯一無比の存在感を示す 宇梶 剛士 という3名のツワモノ男優陣が<松=三条 英>とガッチリと対峙。
そして、10代少女の間でカリスマ的存在として人気を集めている美 波 が、オーディションを経て本作で本格的に舞台に進出します。
また、脚本・演出・俳優とマルチに活躍、「ジョビジョバ」解散後初の舞台出演が注目される マギー、「劇団☆新感線」の音楽面での懐刀であり、野田作品にも縁が深い右近 健一、「走れメルス」に続いての出演となるサモ・アリナンズ主宰者・小松 和重、外部プロデュース公演でも精力的な活躍が目立つナイロン100℃の村岡 希美、「猫のホテル」創設メンバーで看板役者として人気が高い中村 まこと、「オイル」以来の野田作品出演となる注目の若手・進藤 健太郎 という贅沢な布陣です。本来この作品がもつ、「ヒューマニズム」、「ロマンティシズム」、「サスペンス」、「ダイナミズム」という高いエンタテインメント要素を、より明確に際立たせるキャスティングが実現しました。
野田演出の下で、彼らひとりひとりがどんな姿に変容し、新しい魅力を見せてくれるのか、または、虎視眈々とどんなワザを仕掛け、野田演出に勝負を挑んでくるのか……、この顔ぶれも、とてもスリリングな期待感に満ちています。
また、今回、NODA・MAP本公演では初めて、客席構造を大幅に変え、舞台を客席の中心に設置。
舞台上と観客の心理を、より密接に結びつける臨場感溢れる舞台構造にも、注目必至です。
初演から10年の時を経て、新たに野田秀樹がこの作品にこめるメッセージを、是非、劇場空間でお確かめください!
NODA・MAP第11回公演「贋作・罪と罰」に、ご期待ください!
◆ものがたり◆
江戸開成所の女塾生・三条 英(さんじょう はなぶさ) には、ある確固たる思想があった。
『人間はすべて凡人と非凡人との二つの範疇に分かたれ、
非凡人はその行動によって歴史に新しい時代をもたらす。
そして、それによって人類の幸福に貢献するのだから、
既成の道徳法律を踏み越える権利がある。』
その思想に突き動かされ、英はかねてよりの計画通り、金貸しの老婆殺害を実行に移してしまうが、
偶然そこに居合わせた老婆の妹までも手にかけてしまう。
この予定外の殺人が、英の思想を揺さぶり、心に重い石を抱かせてしまう。
殺人事件の担当捜査官・都 司之助(みやこ つかさのすけ)は、事件の確信犯的な性質を見抜き、次第に
英に対して疑惑の目を向け始めた。
それに気づいた英は、都の仕掛ける執拗な心理戦を懸命にしのごうとする。
一方、英の親友・才谷 梅太郎(さいたに うめたろう) は、罪の意識に苛まれ苦しむ英の異変に気づき、その身を案ずるが、才谷もまた、同時代の、より大きな歴史的事件の渦中にいたのだった。
1867年夏。
時あたかも尊王倒幕の機運高まる幕末の真っ只中、「ええじゃないか」踊りが江戸市中を埋め尽くす。
新しい時代を目前に、無血革命を目指す、坂本竜馬。
竜馬の密通を疑い、武装蜂起を煽る志士たち。
そして、彼らの背後では、ニヒリスト溜水 石右衛門(たまりみず いしえもん) が暗躍する。
果たして、目的は手段を浄化するのか?!
永遠の命題が甦る革命前夜、
ついに三条 英が心のうちを語り始める・・・・・!